ランナーズジストニアとその治療について 1

はじめに

自分は55歳の時に、それまで普通に出来ていたランニングが突然出来なくなりました。
そこから5年近く、原因が分からないまま複数の病院を回り続け、ようやく辿り着いたのがジストニアという病気です。

この記事では、ジストニアという病気そのものの説明と、発症からジストニアという診断に辿り着くまでの経緯、そしてこの病気の治療について書いていきます。
その後の転院先での診察については「NCNPでジストニアの受診をして」に書いておりますので、そちらも併せてご覧頂ければと思います。現在はボツリヌス療法を受けており、その経過については続編としてまとめる予定です。

一点、上記記事で「ランナーズジストニア(いわゆる「ぬけぬけ病」)とは別物です」と書いた箇所について、補足訂正しておきます。
自分の症状がぬけぬけ病とは異なるという点はそのとおりなのですが、ランニング動作が引き金となって生じたジストニアであることに変わりはなく、広い意味ではランナーズジストニアの一種ということになります。
ぬけぬけ病はランナーズジストニアの中の一つの型であって、両者は同義ではない、というのが正確なところです。


ジストニアという病気

ジストニアは、脳から筋肉への運動指令がうまく働かなくなり、自分の意思とは関係なく筋肉が持続的に収縮してしまう病気です。
筋肉そのものや骨・関節に異常があるわけではなく、大脳基底核をはじめとする運動を制御する脳の部位の機能異常が原因と考えられています。
そのため、レントゲンやMRIといった画像検査では何も写りません。ここが、この病気の厄介なところです。

症状としては、意図しない筋収縮によって、体の一部がねじれたり、曲がったり、異常な姿勢のまま固定されたりします。
医学的には疾患名というより、こうした状態を指す症候名として扱われています。

ジストニアには、いくつか特徴的な性質があります。

  • 定型性 毎回決まって同じ場面、同じパターンで症状が出ます
  • 動作特異性 特定の動作の時だけ症状が出て、それ以外では出ません
  • 感覚トリック 患部や別の場所に軽く触れると、一時的に症状が和らぐことがあります
  • 早朝効果 朝や休養後は症状が軽く、動作を繰り返すうちに悪化していきます
  • 共収縮 本来なら互いに逆の働きをする筋肉が、同時に収縮してしまいます

発症の引き金として最も多いと言われているのが、同じ動作の過剰な反復、いわゆるオーバーユースです。
そこに怪我をかばった動作や、精神的なストレスが加わることで、脳が誤った運動パターンを学習してしまうと考えられています。


ジストニアの種類

ジストニアは、症状の出る範囲によって次のように分類されます。

  • 局所性ジストニア 体の1か所だけに症状が出るもの
  • 分節性ジストニア 隣り合った2か所以上に症状が出るもの
  • 多巣性ジストニア 離れた2か所以上に症状が出るもの
  • 全身性ジストニア 体幹を含む広い範囲に症状が出るもの

また原因による分類として、明らかな原因疾患のない特発性・遺伝性のものと、薬剤や脳の病変などによって起きる二次性のものに分けられます。

そして、ランナーやミュージシャンに関係してくるのが、局所性ジストニアの中でも動作特異性ジストニアと呼ばれるものです。
これは特定の動作を行う時にだけ症状が出るタイプで、字を書く時だけ手が硬直する書痙、演奏時だけ指が動かなくなる音楽家ジストニア、ゴルフや野球で見られるイップスなどが該当します。
いずれも、その動作を長年にわたって高い精度で反復してきた人に発症するという共通点があります。


ランナーズジストニアと体幹ジストニア

ランニング動作に伴って生じる動作特異性ジストニアが、ランナーズジストニアです。
走っている時にだけ、脚が思うように前に出ない、勝手に内側にねじれる、着地の瞬間に力が抜ける、あるいは逆に硬直するといった症状が現れます。
これらは疲労や筋肉痛と混同されがちですが、毎回同じ場面で同じように出るという点が、ジストニア特有の特徴になります。

なお、ランナーズジストニアという言葉は、後述する「ぬけぬけ病」を指す名称として使われることが殆どですが、この記事では本来の意味である、ランニング動作によって生じたジストニア全般として使っています。

そして自分の症状は、脚ではなく体幹に出るタイプでした。こちらは体幹ジストニアと呼ばれます。
腹筋群が意思とは無関係に収縮してしまい、立位や歩行の際に体幹が前屈してしまうものです。
体幹が前に曲がる症状は腰曲がり(camptocormia)とも呼ばれ、立ったり歩いたりすると出現し、横になると消えるという性質があります。
国立精神・神経医療研究センターの分類では、股関節で前屈する腰部前屈型と、下位胸椎から上位腰椎あたりで前屈する上腹部前屈型に分けられ、それぞれ大腰筋、外腹斜筋が原因筋とされています。

つまり自分の場合は、ランニングという動作が引き金となって、脚ではなく体幹にジストニアが生じたということになります。
ジストニアの中でもかなり珍しい症例のようで、これが原因の特定を大きく遅らせることになりました。


発症までの経緯

55歳になってすぐの頃は、毎週10kmを3分55秒/kmペースで走り、週に2回ほど1kmインターバルを3分30秒で6〜7本こなしていました。
ウェイトトレーニングも並行して行っており、体重60kg未満でベンチプレス100kgを4レップス3セット、40kgの重りを付けた懸垂を6レップス3セットという内容でした。
これは30代プロアスリートに匹敵する位の体力で、50代だと0.1%未満のレベルにあったと思います。

丁度その頃は調子が良かったので、ランの負荷を少し上げました。
1か月ほどは順調だったのですが、それを過ぎたあたりから、高負荷の日に脚へ異常なほど負荷が溜まるようになりました。
それでも調子自体は悪くなかったので、そのまま続けていたところ、さらに1か月後、ウォーミングアップのジョギングの1歩目から脚に異常な疲労を感じ、全くそれまでのようには走れなくなってしまいました。

感覚としては、脚のバネが完全になくなり、前に全然進まないというものでした。
この日を境に、30数年間続けてきたランニング生活は終わってしまいました。


ぬけぬけ病との違い

ランナーの間で知られている症状に「ぬけぬけ病」があります。
正式な医学用語ではなく、ローリング病やかっくん病などとも呼ばれ、走行中に突然脚の力が抜けて普通に走れなくなるというものです。
医学的にはランナーズジストニアの一種と考えられています。

ただ、自分の症状はぬけぬけ病とはいくつかの点で異なっていました。

  • ぬけぬけ病は片脚に出ることが多いが、自分は両脚に出た
  • ぬけぬけ病はある程度走ってから症状が出るが、自分は1歩目から出た
  • ぬけぬけ病は脱力感が主体だが、自分は脱力ではなく異常疲労で、脚のバネがなくなって進まないという感覚だった

そして最も大きな違いは、自分の場合、問題の本体が脚ではなく体幹にあったという点です。
勿論、当時はそんなことは分かるはずもなく、ぬけぬけ病の情報を読んでも自分の症状とは合致しない、という状態が続いていました。


オーバートレーニング症候群という診断

走れなくなってからは、スロージョグのみに切り替えたり、数日休んだりしながら9か月間ジョギングを続けました。
しかし、ジョギングの1歩目から脚が異常疲労するという症状は、一向に治まりませんでした。
その間もインターネットで情報を集め続けましたが、自分の症状に合致する情報を得ることは出来ませんでした。

9か月間辛いジョギングを続けた末に、検索でオーバートレーニング症候群というものを見つけました。
かなり自分の症状に近いと感じましたので、昔Jリーグのスポーツドクターをしていたという医師に診てもらいました。
結果は、他に特に原因も見当たらないので、オーバートレーニング症候群の可能性が高いという診断でした。
それ以来、2年間ランニングを完全休養することになります。


完全休養中に現れた歩行の異常

ところが、完全休養してしばらく経った後、歩行時に腰が曲がって前屈することと、歩行でも脚の異常疲労が出ることを自覚するようになりました。

ジョギングを続けていた頃は普通に歩けていましたし、休止した直後にもこの症状はなかったと思います。
ですので、走るのを止めてから歩きにも異常が出た可能性が高いと考えています。
今にして思えば、走るという動作が出来なくなったことで、体が別の代償的な動きを覚えてしまったのかもしれません。


スポーツ内科での再検査

2年間完全休養しても歩行時の脚の異常疲労は治らなかったので、スポーツ内科でもう一度オーバートレーニング症候群の検査をして貰いました。
そこで言われたのは、この症状はオーバートレーニング症候群ではない、ということでした。
代わりに疑われたのが、脊柱管狭窄症と動脈硬化です。

脊柱管狭窄症は、背骨の中を通る脊柱管が加齢などによって狭くなり、中の神経が圧迫される病気です。
歩いていると脚に痛みやしびれ、脱力感が出て歩けなくなり、少し休むとまた歩けるようになる間欠性跛行が典型的な症状で、前かがみになると楽になるという特徴もあります。
自分の年齢と、歩行時に前屈するという症状から見れば、疑われるのは当然と言えます。

動脈硬化のほうは、下肢の動脈が狭くなって血流が不足する閉塞性動脈硬化症を指します。
こちらも歩行時に脚が重くなったり痛くなったりして歩けなくなるという、脊柱管狭窄症とよく似た症状が出ます。

レントゲン・MRI・CTで精密検査をして貰いましたが、いずれも陰性であり、原因不明と言われました。
そこで医師に、原因不明であればトレーニングを再開していいですかと尋ねたところ、問題ないとのことでした。
これは特に問題となる原因が発見出来なかったためだと思われます。


ランニング再開後の経過

ランニングを再開しましたが、状態は全く改善せず、以前のジョギングペースである5分/kmを出すことさえ出来ない日々が続きました。

一時期、5分30秒/kmで1.5kmほど走れるようになったこともあったのですが、それから暫くそのペースを続けていたら、ある日突然300m走るだけで走れなくなるという状態になりました。
2週間ほど若干ペースを落として試したのですが、一向に走行距離が延びる気配はありませんでした。
これは駄目だと思って2か月ほどランニングを中止し、十分休息をとって再開しましたが、その後キロ5分台に戻ることさえありませんでした。

ちなみになぜ突然走れなくなったかと言うと、ジストニアは決して無理をすることが出来ない病気であり、自分はその無理をして走ったため、症状が悪化してしまったのでした。
当時ジョギングの際、常に脚に異常疲労を感じながら走っていました。
自分の場合、異常疲労を感じている時点で間違った動作をしているということであり、それを続けることで、脳の間違った動作が強化されてしまっていました。
ジストニアが疑われる場合、無理をすると悪化してより治り難くなるため、この点は気を付けた方がいいと思います。


脊柱管狭窄症とパーキンソン病の精査

ここまで回復しないのはやはり体に何らかの問題があると考え、一番可能性があるのは脊柱管狭窄症だと考えました。
そこで、首と腰の手術数が日本で一番という品川の病院で診てもらったのですが、やはり結果は陰性でした。

ただその時、パーキンソン病である可能性も否定できないということで、DATスキャン検査の出来る大病院の脳神経内科に紹介状を書いてもらいました。

パーキンソン病は、脳内でドパミンを作る神経細胞が減少することで起こる神経の病気です。
手の震え、動作の緩慢さ、筋肉のこわばり、姿勢が保てないといった症状が現れ、前傾姿勢や腰曲がりも特徴的な症状の一つとして知られています。
自分の前屈姿勢と歩行の異常から、疑われたということになります。

DATスキャンは、脳内のドパミン神経の末端にあるドパミントランスポーターの分布を、放射性の薬剤を使って画像化する検査です。
パーキンソン病ではこの集積が低下しますので、パーキンソン病かどうかを判別する有力な材料になります。
逆に言えば、ジストニアのように画像に写らない病気とパーキンソン病を区別するための検査でもあります。

予約を取って検査をして貰いましたが、こちらも陰性で、自分の症状は原因不明と言われました。


ジストニアという診断

それから半年以上、ジョギングをやったり休止したりを繰り返していました。
ただ、この頃になってようやく、歩行時の前屈が腹筋の収縮によるものであることに気が付きました。
脚の問題だと思い込んでいたものが、実は体幹の問題だったわけです。

その情報を加えてAIに自分の症状を詳しく説明したところ、ジストニアである可能性が高いことが分かりました。
そこで近くの脳神経外科に行き、診察を受けたところ、やはりその可能性が高いという結果になりました。

発症から実に5年近く、ここでようやく病名らしきものに辿り着いたことになります。


ジストニアの治療

ジストニアの治療には、主に次のようなものがあります。

  • ボツリヌス療法 異常収縮している筋肉にボツリヌス毒素を注射し、収縮を抑えます。局所性ジストニアでは第一選択とされています
  • 内服薬 抗コリン薬やベンゾジアゼピン系薬などが使われますが、有効率は低く副作用の頻度は高いため、補助療法という位置づけです
  • 脳深部刺激療法(DBS) 脳に電極を留置して刺激を与える手術で、広範囲に及ぶ症例で検討されます
  • リハビリテーション 脳が覚えてしまった誤った動作を、正しい動作で上書きしていくものです

この中で中心となるのはボツリヌス療法とリハビリの組み合わせですが、これについては別の記事で詳しく書いておりますので、ここでは要点だけ述べます。
ジストニアが脳の運動制御の問題である以上、筋肉の収縮を抑えるだけでは根本的な解決になりません。
異常収縮を抑えている間にリハビリを行い、正しい動作を脳に学習し直させて、初めて治療として成立することになります。


リハビリへの疑問

診察を受けた脳神経外科にはリハビリも併設されており、当初は薬を飲んでリハビリを続ければ半年くらいで治る、という話を医師からされました。
この時は、ようやく治療の道筋が見えたと思ったものです。

しかし、実際に始まったリハビリは腹筋のストレッチばかりでした。
体幹ジストニアが決してストレッチで治る病気ではないことは、その時点で担当の理学療法士よりも自分のほうがよく知っていました。
一度正しい動作で脳を上書きする必要があるという話をしたのですが、理解して頂けている様子はありませんでしたので、3・4回でリハビリは意味がないと思い止めました。

この病院には定年するまで1年ちょっと通いましたが、全く改善することなく終わりました。


リボトリールの離脱症状と減薬

そればかりか、効果を感じられないままリボトリールという薬を処方され続けることになりました。
リボトリールは一般名をクロナゼパムというベンゾジアゼピン系の薬で、ジストニアに対して処方されることがあります。

ベンゾジアゼピン系の薬は、長期間服用すると体が薬のある状態に慣れてしまい、身体依存が形成されます。
その状態で急に服用を止めますと、不安、不眠、動悸、手の震え、感覚過敏、筋肉のこわばりといった離脱症状が現れます。
これは薬理学的に起こるべくして起こるものです。

自分の場合も、転院の際に薬が処方されなかったため服薬を止めたところ、数日後に突然眠れなくなるという離脱症状が出てしまい、現在は減薬の最中です。
減薬は、ごく少量ずつ時間をかけて減らしていく漸減という方法を取ります。数か月から年単位かかることも珍しくありません。
同じ薬を服用されている方は、急に止めると離脱症状が出るため、必ず医師と相談しながら服用中止を進めて頂きたいと思います。


ここまでの整理と、次の記事について

ここまでが、発症からジストニアという診断に辿り着き、最初の病院での治療が空振りに終わるまでの経緯になります。
この時点で症状は何も改善しておらず、走れる距離はほんの数百メートル、それも脚に異常疲労を抱えたままという状態でした。

自分と同じように、原因が分からないまま病院を巡っている方がいらっしゃるのであれば、この記事が何かの手がかりになれば幸いです。

この後、自分はより専門的な病院に転院することになりました。
そして現在受けているボツリヌス療法の経過については、続編の記事で書いていきます。

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