ランナーズジストニアとその治療について 3

以前の記事「ランナーズジストニアとその治療について 1」では、自分がランニング中に異常を感じてから、約5年かけてジストニアという診断に辿り着くまでの経緯を書きました。
その後、「ランナーズジストニアとその治療について 2」に書きました通り、現在はボツリヌス療法を受けています。

ジストニアという病気の厄介なところは、病名が判明したからといって、必ずしも治療の見通しが立つわけではないことです。
現在も多くの病型では根本的な治療法が確立されておらず、専門的な治療を受けても十分な改善が得られない患者が存在します。

そうした中、インターネットで治療方法を調べますと、鍼灸院、整体院、カイロプラクティックなど、民間の治療施設でもジストニアの改善をうたっているところが見つかります。
今回は、医療機関で行われている一般的な治療を整理したうえで、民間療法を利用する際の問題について考えてみたいと思います。


医療機関で行われているジストニアの治療

ジストニアの治療については以前の記事でも触れていますので、今回は簡単に整理します。
主な治療方法は、薬物療法、ボツリヌス療法、リハビリテーション、外科的治療です。

薬物療法では、抗コリン薬やクロナゼパムなどによって不随意運動を抑えます。
ただし、効果には個人差があり、副作用が問題になる場合もあります。

ボツリヌス療法は、異常収縮している筋肉に注射を行い、過剰な筋収縮を抑える方法です。
痙性斜頸や眼瞼けいれんなどでは標準的な治療として有効性が確認されていますが、効果は永続的ではなく、一般に数か月ごとの注射が必要となります。

リハビリテーションでは、運動の再学習や感覚運動訓練などによって、症状の軽減や生活機能の改善を目指します。
ただし、すべての病型に有効な方法が確立されているわけではありません。

これらの治療で十分な改善が得られない重症例では、脳内に電極を留置して電気刺激を与える脳深部刺激療法(DBS)が検討される場合もあります。

このように、ジストニアには医学的に有効性が確認された治療法が存在します。
しかし、多くの病型では根本的に治癒させる方法が確立されておらず、症状の軽減や生活機能の改善を目指す治療が中心となっています。


ジストニアの自然寛解率

ジストニアには、治療効果とは別に、自然経過で症状が軽減・消失する自然寛解という現象があります。
2019年に発表された系統的レビューでは、31研究、計2,551症例を対象として、ジストニアの寛解について調査しています。

その結果、完全寛解に至った患者は11.8%、部分寛解は4.4%でした。
また、寛解までの平均期間は4.5年であり、寛解した患者の63.8%に再発が認められました。

ただし、対象は主に痙性斜頸や眼瞼けいれんなどの孤発性ジストニアであり、すべての病型に共通する数値ではありません。
また、医療機関で治療を受けた患者の治療成功率を示したものでもありません。

それでも、完全寛解に至る患者は多くなく、寛解後も再発する場合があることから、ジストニアが容易に治癒する疾患ではないことが分かります。
なお、寛解とは症状が消失した状態を指すものであり、将来にわたって再発しないことを保証するものではありません。


ジストニアに対する民間療法

医療機関で十分な改善が得られなかった患者が、別の治療方法を探すことは自然なことだと思います。
実際に、ジストニアの改善をうたう鍼灸院、整体院、カイロプラクティックなども存在します。
その治療方針はさまざまで、身体への刺激によって脳の神経回路を調整するという方法、筋肉のバランスを整えるという方法、運動の再学習を行う方法などがあります。

しかし、鍼灸や整体などによってジストニアそのものを治癒させる効果については、十分な科学的根拠が確立されていません。

また、民間の治療施設には、ジストニアの発症原因を独自の理論によって説明しているところもあります。
例えば、異常収縮している筋肉とは反対側の筋肉の筋力低下が原因だという考え方や、身体への刺激によって脳の異常な神経回路を修正するという考え方です。

しかし、ジストニアによって筋力を正常に発揮できなくなることと、筋力低下が原因でジストニアを発症することは別問題です。
また、脳の神経回路が経験や刺激によって変化する神経可塑性は医学的に認められていますが、特定の施術によってジストニアの原因となる神経回路を修正できることまで証明されているわけではありません。

独自の理論を研究すること自体は否定しませんが、科学的に検証されていない仮説を、すでに確立された医学的事実のように説明することには疑問を感じます。


改善動画だけでは治療効果を証明できない

自分が民間療法について特に問題だと感じているのが、治療院のウェブサイトに掲載されている多数の改善事例です。
中には、施術前後の状態を比較した動画を大量に掲載している施設もあります。

確かに、施術前には異常な姿勢や震えがあった患者が、施術後には明らかに改善しているように見える動画もあります。
しかし、動画がすべて本物だったとしても、それだけで施術の有効性が証明されるわけではありません。

例えば、100人が施術を受けて80人が改善した治療院と、1,000人が施術を受けて80人が改善した治療院を考えてみます。
どちらも80人分の改善事例を掲載できますが、前者の改善率は80%、後者は8%です。
つまり、改善した患者の人数だけを示されても、施術を受けた患者全体のうち何割が改善したのかは分かりません。

さらに、ジストニアには自然寛解が存在するほか、前回の記事でも触れた感覚トリック、つまり特定の刺激によって一時的に症状が軽減する現象もあります。
そのため、施術直後に姿勢が改善していたとしても、それが長期的な治療効果を示しているとは限りません。
また、ボツリヌス療法や内服薬などを併用している場合には、それらの治療による影響も考慮する必要があります。

施術後に改善したことと、施術によって改善したことは同じではないのです。

本当に治療効果を評価するのであれば、施術を受けた患者全体の改善率、改善しなかった患者の割合、改善状態がどの程度維持されているのかといった情報が必要です。


高額な自費施術という経済的リスク

もう一つ大きな問題となるのが施術料金です。
ジストニアの改善をうたう民間の治療施設には、1回の施術で数万円という高額な料金を設定しているところも存在します。
継続的な通院を前提としている場合には、総額が数十万円に達することもあります。

もちろん、高額な料金を設定すること自体が直ちに不当というわけではありません。
しかし、実際の治癒率が分からず、改善しなかった患者の割合も分からない状態では、その費用に見合う効果が期待できるのかを判断することができません。

医療機関で治療を受けても改善しない患者ほど、別の方法に希望を見いだしたくなるものでしょう。
だからこそ、施術者には改善した患者の事例だけでなく、治療の限界や不確実性についても十分に説明する姿勢が求められると思います。


広告には法律上の問題が生じる可能性もある

前提として、鍼灸院や接骨院は、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律などによって、広告できる事項が限定されています。
一方、整体やカイロプラクティックには国家資格や個別の業法がなく、こうした広告規制が直接及びません。
そのため、一般の商品・サービスと同様に、景品表示法が主な歯止めになるという構図になります。

高額な自費施術を提供する治療院の広告については、景品表示法などの観点からも考える必要があります。
景品表示法では、商品やサービスの内容について、実際よりも著しく優良であると一般消費者に誤認させる表示を禁止しています。これは優良誤認表示と呼ばれます。
また、消費者庁は、効果をうたう広告について合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができ、根拠が認められない場合には、不実証広告規制の対象となり得ます。

ここで重要なのが、患者の体験談の扱いです。
効果を感じた人から寄せられた体験談だけでは、効果のなかった人との正しい比較ができず、客観的に実証された根拠とは認められません。
つまり、多数の改善動画を掲載していても、それだけで治療効果を裏付ける合理的な根拠になるわけではありません。

実際に、整体院の広告について、従来の治療で改善しなかった疾病が簡単に完治したかのような体験談や、医学的に原因不明とされる疾病の原因を断定する表示などが、消費者団体から問題視された事例もあります。

もちろん、改善事例を掲載すること自体が違法というわけではありません。
しかし、医学的な根拠が確立していない施術について、高い治療効果が期待できるかのような印象を与える広告には、法律上の問題が生じる可能性があります。


患者が判断するために必要な情報

患者が本当に知りたいのは、改善した人が何人いるかということだけではありません。
その施術を受けた場合にどの程度の改善が期待でき、改善しない可能性がどれくらいあり、最終的にいくら負担することになるのかという情報です。

改善事例をいくら並べられても、これらのことは分かりません。
そして、これが分からないままでは、その施術を受けるかどうかを患者が判断することはできません。

医療機関で治療を受けても改善しない患者ほど、別の方法に希望を見いだしたくなるものでしょう。
そして改善しない限り通院は続き、費用だけが際限なく積み上がっていくことになります。


まとめ

ジストニアは、多くの病型で根本的な治療方法が確立されていない疾患です。
自分自身、標準的な治療を受けてもなお症状は残ったままです。
ですので治る可能性があると言われれば、例えそれが僅かな可能性であっても試してみたいという患者の気持ちは、よく理解できます。

しかし、その思いにつけ込むようなことがあってはならないと思います。
改善事例がいくら並んでいても、施術を受けた患者全体の何割が改善したのかも、その改善が本当に施術によるものかも分かりません。
それを示さないまま高額な費用を請求することは、治したいという患者の思いを利用しているのと変わらないのではないでしょうか。
治療の選択肢が少ない難治性疾患だからこそ、患者が客観的な根拠と正確な情報に基づいて治療方法を選択できる環境が必要だと思います。

なお、自分自身は民間療法を受けるつもりは一切ありません。
病院で治せないものを、エビデンスのない独自理論で治せる可能性は低く、しかも保険が効かないため高額になるからです。
もっとも、これは効果がないと断定しているわけではなく、期待できる効果と負担する費用が釣り合わないという判断です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました